いて往った。百歩ばかり往ったところで微白《ほのじろ》い光が見えた。そこには大きな岩がでっぱっていた。岩に随《つ》いて廻ると明るい昼の世界があった。一筋の路が苔の中に見えていた。李生はその路を歩いて往った。
大きな石室《いしむろ》があって、その入口に番兵らしい二三の者が戟を持って立っていた。李生はその前へ往った。戟を持った者は猿の顔をしていた。それは昨夜古廟の中で見た姿であった。石室の入口には「申陽之洞《しんようのどう》」という扁額が懸《かか》っていた。李生は昨夜自分が矢を著けた三山の冠を着た妖怪は、この内にいるのだなと思った。
「その方は何者だ、どうしてここへやってきた」
番兵の一人が驚いたように眼をきょろきょろとさした。
「私は、府城の中に住む医者でございますが、薬を取りにきて、あっちこっちと歩いているうちに、足を滑らして、陥ちて困っておるところでございます」
李生は恭《うやうや》しく礼をしながらでまかせを言った。
「では、お前は医者か、医者なら手創の療治ができるか」
李生はうっかりすると甚《ひど》い目に逢うから、ここが大切だと思った。そう思う心の下から、ある皮肉な考えがちら
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