うて著いていた。
 五里ぐらいも往ったところで、大きな穴があった。深い深い底の見えない穴の口に、出たばかりの朝陽があたっていた。血の滴点はその穴まで往って消えていた。李生はその穴を覗き込んだ。そして、その後で後ろの方を見返った。足をやっていた土が崩れて、彼は穴の中へ陥ちてしまった。
 李生は意識がめぐってきた。彼はまず自分の体がどこにあるかということを考えてみた。自分は仰向けになって、固いごつごつした石の上に横たわっている。それでは自分はべつにたいして体も痛めずに、あの穴の底へ陥ち込んだものだと思った。彼は眼を開けた。黄昏《たそがれ》のような暗さがあった。彼は起きあがって体のまわりに手をやってみた。体には別に異常もなかったが、持っていた弓も、背負っていた矢も矢筒ぐるみなくなって、僅に矢尻に浸める毒を盛った小さな皮袋が残っているばかりであった。矢と弓はとても手に返らないと思ったが、それでも惜しいので俯向いて四辺を見廻した。やはり弓と矢は見えなかった。
 恐ろしい不安がその後からきた。李生はどうしてこの穴から出て往ったものだろうと思いだした。彼は足の向いている方へと微闇《うすやみ》の中を歩
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