は柱が傾き、簷《のき》が破れ、落葉の積んだ廻廊には、獣の足跡らしい物が乱雑に著《つ》いていた。李生は気味が悪いが他にどうすることもできないので、廡下《のきした》へ腰をおろし、手にしていた弓を傍へ置いて、四辺《あたり》に注意しながら休んでいた。廟の前の黒い大木の梢には、二つ三つの星の光があった。
 人の声とも獣の声とも判らない声が聞えてきた。李生は耳を傾けた。それは国王や大官の路を往く時に警蹕《けいひつ》するような声であった。その声はしだいに近くなってきた。
 どうも不思議な事だと李生は思った。こうした深山の中で、しかも夜になって警蹕する者は何者であろう。大胆不敵な強盗か、それとも妖怪の類か、とても普通の貴族大官ではあるまい。もしそうだとすると、こうしておることは危険である。これはどこかへ身を隠して、それを見届けたうえで、それに対する手段を考えなければならないと思った。彼はちょっと考えた後で、弓を持ってそこの柱へすらすらと登って、欄間から梁の上へ往った。
 警蹕の声がすぐ入口に聞えて、紅い二つの燈が見えてきた。その燈に続いて数人の怪しい人影が見えたが、やがてそれが脚下《あしもと》の方で渦
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