生は好い獲物と思ったので、急いで矢をつがえて射ようとした。獣は驚いて山の方へ逃げだしたが、その逃げ方が非常に早いので、矢を放すことができない。それでも李生は逃がしてたまるものかという気で、どんどん追っ駈けて往った。獣の姿は木の陰になったり草の中になったりして、李生に矢を放す機会を与えなかった。
 山のうねりがあり、岩の並んでいる谷底があり、雑木の林があった。李生はどこまでもとその獲物を追っ駈けた。落ちかけた夕陽がひょろ長い赤松の幹に射しているのが見えた。獣は見えなくなってしまった。李生はその獲物の姿の隠れて往った谷の下の林の方を見て立った。
 いつの間にか陽が入っていた。紫色に煙って見える遠山の空に一抹の夕映の色が残っていた。李生は驚いて急いで山をおりようとした。方角は判らないが、夕映から見当をつけて、南と思われる方へおりて往った。林の下はうっすらと暮れていた。鳥や獣の啼く物凄い声が谷々に木魂をかえした。山のうねりが来た。李生はそのうねりを登って往った。古廟の屋根が見えた。李生はそれを見ると、そこで夜を明かして朝になって家へ帰ろうと思いだした。彼はその廟を目がけて登って往った。
 古廟
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