幸運をとり逃がすことになるので、能《よ》いことに二つは無いと諦めてそのまま式をすましてしまった。
いよいよお岩の婿養子になった伊右衛門は、男は好いし器用で万事に気の注《つ》く質《たち》であったから、母親の喜ぶのは元よりのこと、別けてお岩は伊右衛門を大事にした。しかし、伊右衛門は悪女からこうして愛せられることは苦しかった。苦しいと云うよりは寧《むし》ろあさましかった。それもその当座は三十俵二人扶持に有りついたと云う満足のためにそれ程にも思わなかったが、一年あまりでお岩の母親が歿くなって他に頭を押える者がなくなって来ると、悪女を嫌う嫌厭《けんお》の情が燃えあがった。
その時御先手組の与力に伊藤喜兵衛《いとうきへえ》と云う者があった。悪竦《あくらつ》な男で仲間をおとしいれたり賄賂《わいろ》を執ったりするので酷く皆から嫌われていたが、腕があるのでだれもこれをどうすることもできなかった。その喜兵衛は本妻を娶らずに二人の壮《わか》い妾を置いていたが、その妾の一人のお花《はな》と云うのが妊娠した。喜兵衛は五十を過ぎていた。喜兵衛は年とって小供を育てるのも面倒だから、だれかに妾をくれてやろうと思い
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