て遊ぶものでないから、それほど吟味をするにも及ばないと思った。この痩浪人《やせろうにん》は一刻も早く三十俵二人|扶持《ぶち》の地位《みぶん》になりたかったのであった。
双方の話は直ぐ纏《まと》まった。伊右衛門は手先が器用で大工が出来るので、それを云い立てにして御先手組頭|三宅弥次兵衛《みやけやじべえ》を経て跡目相続を望み出、その年の八月十四日に婚礼することになり、同心の株代としてお岩の家へ納める家代金十五両を持って又市に伴《つ》れられ、その日の夕方にお岩の家へ移って来た。
お岩の家では大勢の者が出入して、婚礼の準備を調えていたので、伊右衛門は直ぐその席に通された。そして、その一方では近藤六郎兵衛の女房がお岩を介錯《かいしゃく》して出て来たが、明るい方を背にするようにして坐らしたうえに、顔も斜に向けさしてあった。伊右衛門は又市の詞《ことば》によってお岩は不容貌《ぶきりょう》な女であるとは思っていたが、それでもどんな女だろうと思って怖いような気もちで覗《のぞ》いてみた。それは妖怪《ばけもの》のような二た目と見られない醜い顔の女であった。伊右衛門ははっと驚いたが、厭《いや》と云えば折角の
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