った、お前も仲人なしに来た女だから、一まず里へ帰って、更めて女房にするようにと、昨日から云われているのだ、こんな迷惑なことはないが、泣く子と地頭と云うこともある。一まず在へ帰ってくれ、後からすぐ伴れに往く」
 女房の顔は見る見る物凄くなった。
「悪人には人相書がある、悪人でないか、悪人かはすぐ判ることじゃ、そんなことを云うのは、私が嫌になったからこしらえて云うことだろう」
 甚九郎は恐れて折角の謀《はかりごと》をうやむやにしてしまった。とても女を出て往かすことはできないから、己《じぶん》から逃げようと思った。彼は川崎の方へ行商に往くと云って家を出、川崎の方へは往かずに奥州街道をくだって三春へ往き、其処の二日町と云う処に借家をしていた。
 二十日ばかりしてのことであった。行商から帰って夕飯をすました甚九郎は、行灯の前に横になっていたが睡くなって来た。で、蒲団を出して行灯を消して寝たが、床についてみると眼が冴えて睡れない。しかたなしに暗い中で眼を開けていると、雨戸の隙間がぎらぎらと青く光った。不思議に思ってその方を見つめた。と、雨戸を戸外《そと》から叩く者がある。
「開けてくださいよ、私で
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