くなっていた。甚九郎は考えた。
「何だね」
「こんなことを申しましては、なんでございますが、お見受け申しますところ、お一人のようでございますから、婢《じょちゅう》なり何なりにして、私をお傍へ置いてくださいますまいか、そのかわり、私は親の残してくれた金三十両持っております、それを商《あきない》の資本《もとで》にお使いくださいまし」
 懐へ手を入れて財布を出してその口を開けた。中には小判が光っていた。女はそれを甚九郎の前に置いた。三十両あれば商も大きくできて従って利益も大きい。甚九郎の心は小判に吸いつけられた。
「それじゃ、二人でいっしょに稼ごうじゃないか」
 甚九郎は女と夫婦になる約束をした。彼はその朝大屋へ往って、国元から従妹が尋ねて来たから暫く家へ泊めて置くと云った。

 甚九郎の隣に源吉と云う独身《ひとり》者が住んでいた。棒手振《ぼてふり》が渡世で夜でないと家にはいなかった。その夜も帰りに一ぱいひっかけてふらふらと帰って来たが、隣の新夫婦が気になるのでそっと覗いてやろうと思って、甚九郎の家の窓の下へ寄って往ったところで、月の光の射した窓の障子に電光《いなびかり》のような青い光がきら
前へ 次へ
全10ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング