と響く鉄砲の音とともに、地響打って倒れるだろうと思ったが、鉄砲の音は小さく響いただけで、野猪は悠然とむこうの方へ往ってしまった。半兵衛は失敗《しま》ったと思って二発目の弾を急いで籠めたが、籠め終った時にはもう野猪の影も見えなかった。
(今日はけたいな日じゃな)
 半兵衛は鉄砲を持ったなり考えだしたが、なんと思っても不思議でたまらない。
(今日は、ろくなことはあるまい、帰ろう、帰ろう)
 半兵衛は遂に帰ることに定めた。彼は舌打ちしながら初めにあがって来た路をおりて、谷の下の方へ帰りかけた。栂の木が生えて微暗い処があった。半兵衛は其処へ往くと手に持っていた鉄砲を肩に掛けた。女蘿《さるおがせ》が女の髪のようにさがった大きな栂の木の陰から、顋鬚《あごひげ》の真白な老僧がちょこちょこと出て来て半兵衛の前に立ち塞がって両手を拡げた。
「この妖怪《ばけもの》奴」
 半兵衛は腰にさしていた山刀を抜いて、老僧の真向から切りおろした。と、二つになって倒れる筈の老僧が二人になって並んで手を拡げた。剛胆な半兵衛もこれには少し驚かされた。
「まだそんなことをしやがるか」
 半兵衛はまた右側の妖僧の真向へ切りつけ
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