山の怪
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)本山《もとやま》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)山|蚯蚓《みみず》
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土佐長岡郡の奥に本山《もとやま》と云う処がある。今は町制を布《し》いて町と云うことになっているが、昔は本山郷と云って一地方をなしていた。四国三郎の吉野川が村の中を流れて、村落のあるのはそれに沿った僅かばかりの平地で、高峰駿岳が一面に聳えていた。
その本山に吉延と云う谷があって、其処には猪とか鹿とか大きな獣がいるので、山猟師をやっている者で其処へ眼をつけない者はなかったが、しかし、その谷には時どき不思議なことがあるので、気の弱い者は避けて往かなかった。冬の初めであった。半兵衛と云う猟師は鉄砲と係蹄《けわさ》を持って吉延の谷へ往った。人の恐れる吉延の谷へ平然として往く男であるから剛胆であったに違いない。そして、彼が吉延の谷に着いたのはまだ黎明《よあけ》前で林の下は真暗であった。彼は多年の経験によって獣の通って往きそうな場所を考えて、手探りで係蹄を仕掛け、傍の岩の陰へ腰をおろして肩にしていた鉄砲を立て掛け、腰
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