女《め》の盗み出すべき、前《さき》の夫《つま》の良《よか》らぬ心にてこそあれ」と云った。姉夫婦は真女児の詞《ことば》に道理があるので疑いを晴らして、「さる例《ためし》あるべき世にもあらずかし、はるばるとたずねまどい給う御心《おんこころ》ねのいとおしきに、豊雄|肯《うけが》わずとも、我々とどめまいらせん」と云って、豊雄の傍《そば》に置き、そのうちに豊雄にすすめて結婚さした。
 三月になって一家の者が野遊びに往くことになった。真女児は、「我身|稚《おさなき》より、人おおき所、或《あるい》は道の長手《ながて》をあゆみては、必ず気のぼりてくるしき病《やまい》あれば、従駕《とも》にぞ出立《いでた》ちはべらぬぞいと憂《うれた》けれ」と云うのを無理に伴れて往った。そして、何某《なにがし》の院に往き、滝の傍を歩いて往ったところで、髪は績麻《うみそ》をつかねたような翁が来て、「あやし、この邪神《あしきかみ》、など人を惑《まどわ》す」と云うと、真女児と少女は滝の中に飛び込んだが、それと共に雲は摺墨《するすみ》をうちこぼしたる如《ごと》く、雨は篠《しの》を乱して降って来た。翁はあわてて惑う人々を案内して人家
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