、門の柱も朽《く》ち、簷《のき》の瓦《かわら》も砕けて、人の住んでいるような所ではなかった。豊雄は驚いた。武士は付近の者を呼んで、「県の何某が女《め》のここにあるはまことか」と云うと、鍛冶《かじ》の老人が出て、「この家三とせばかり前までは、村主《すぐり》の何某という人の賑《にぎわ》しくて住侍《すみはべ》るが、筑紫《つくし》に商物《あきもの》積みてくだりし、その船|行方《ゆくえ》なくなりて後《のち》は、家に残る人も散々《ちりぢり》になりぬるより、絶えて人の住むことなきを、この男のきのうここに入りて、漸《やや》して帰りしを奇《あや》しとてこの漆師《ぬし》の老《おじ》が申されし」と云った。とにかく内を見極めようと云って、門を開けて入って探していると、塵《ちり》の一寸ばかりも積った室《へや》の中に古き帳《とばり》を立てて花のような女が一人いたが、武士が入って往くと大きな雷が鳴って、それとともに女の姿は見えなくなった。室の中を見ると、狛錦《こまにしき》、呉《くれ》の綾《あや》、倭文《しずり》、※[#「糸+賺のつくり」、第3水準1−90−17]《かとり》、楯《たて》、槍《ほこ》、靭《ゆき》、鍬《く
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