児のことを云うと、嫂《あによめ》は、「男子《おのこ》のひとり寝し給うが、兼《かね》ていとおしかりつるに、いとよきことぞ」と云ってその夜《よ》太郎に豊雄に女のできたことを話した。太郎は眉《まゆ》を顰《ひそ》めて、「この国の守《かみ》の下司に、県の何某と云う人を聞かず、我家|保正《おさ》なればさる人の亡くなり給いしを聞えぬ事あらじを」と云って彼《か》の太刀を精《くわ》しく見て驚いた。それは都の大臣殿《おおいどの》から熊野権現《くまのごんげん》に奉ったもので、そのころ盗まれた神宝《かんだから》の一つであった。父親は太郎からそれを聞いて、「他よりあらわれなば、この家をも絶《たや》されん、祖《みおや》の為《ため》子孫《のち》の為には、不孝の子一人|惜《おし》からじ、明《あす》は訴え出《い》でよ」と云って大宮司《だいぐじ》の許《もと》へ訴えさした。大宮司の許へ来て盗人の詮議をしていた助《すけ》の君《きみ》文室広之《ぶんやのひろゆき》は、武士十人ばかりをやって豊雄を捕えさした。
 豊雄は涙を流して身の明しを立てようとした。助の君はそこで豊雄を道案内にして、武士を真女児の家へやった。大きな家ではあるが
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