、早く帰っていらっしゃい」
 そこで許宣は承天寺へ往った。寺の境内には演劇などもかかって賑わっていた。許宣は参詣人の人波の中にもまれてあちらこちらしていたが、そのうちに周将仕《しゅうしょうし》家の典庫《しちぐら》の中へ賊が入って、金銀珠玉衣服の類が盗まれたと云う噂がきれぎれに聞えて来たが、己《じぶん》に関係のないことであるからべつに気にも止めなかった。
「もし、もし、ちょっとその扇子を見せてください」
 許宣と擦《す》れ違おうとした男がふと立ちどまると共に、許宣の扇子を持った手を掴《つか》んだ。許宣はびっくりしてその男の顔を見た。男は扇子と扇子につけた珊瑚の墜児をじっと見てから叫んだ。
「盗人、盗人をつかまえたから、皆来てくれ」
 許宣はびっくりして弁解《いいわけ》しようとしたがその隙《ひま》がなかった。彼の体にはもう縄がひしひしと喰いついて来た。彼はその場から府庁に曳かれて往った。
「その方の衣服と扇子は、それで判っておるが、その余《あまり》の贓物《ぞうぶつ》は、どこへ隠してある、早く云え、云わなければ、拷問《ごうもん》にかけるぞ」
 許宣は周将仕家の典庫の盗賊にせられていた。
「私
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