おや、いらっしゃいまし」
「傘をもらっていこうと思って、今、来たところですが、どこです」
 許宣は腹の裏を見透されるように思って長い間探していたとは云えなかった。彼はそうして小婢に伴れられて往った。
 おおきな楼房《にかいや》があって高い牆《へい》を四方に廻《めぐ》らしていた。小婢はその前に往ってちょっと足を止めて許宣の顔を見た。
「ここですわ」
 許宣はこんな大きな家に住んでいた人が何故《なぜ》判《わか》らなかったろうと思って不審した。彼はそのまま小婢に随《つ》いてそこの門を潜《くぐ》った。
 二人は家の中へ入って中堂《ざしき》の口に立った。
「奥様、昨日《きのう》御厄介になった方が、いらっしゃいました」
 小婢が内へ向いて云った。すると内から白娘子の声がした。
「そう、では、こちらへね、さあ、あなた、どうかお入りくださいまし」
 白娘子の詞について小婢が云った。
「さあ、どうかお入りくださいまし」
 許宣は入りにくいので躊躇《ちゅうちょ》していた。と、小婢がまた促《うなが》した。
「奥様もあんなにおっしゃってますから、どうぞ」
 許宣はそこで心を定《き》めて入った。室《へや》の両側
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