こには日間《ひるま》のままの白娘子の艶《なまめ》かしい顔があった。許宣は嬉《うれ》しくもあればきまりもわるいので何か云わなくてはわるいと思ったが、云うべき詞が見つからなかった。
 女は寝床の上にいつの間にかあがってしまった。許宣は呼吸《いき》苦しいほどの幸福に浸《ひた》っていたが、ふと気が注《つ》くとそれは夢であった。
 翌朝になって許宣は平生《いつも》のように早くから舗《みせ》へ往ったが、白娘子のことが頭に一ぱいになっていて、仕事が手につかないので、午飯《ひるめし》の後で口実をこしらえて舗を出て、荐橋の双茶坊へ往った。
 許宣はそうして白娘子の家を訪ねて歩いたが、それらしい家が見つからなかった。人に訊《き》いても何人《だれ》も知っている者がなかった。許宣は場所の聞きあやまりではないかと思って考えてみたが、どうしても双茶坊であるから、やめずに町の隅から隅へ訪ねて往った。しかし、それでもどうしてもそうした家がなかった。彼はしかたなしに諦《あきら》めて、くたびれた足を引擦《ひきず》るようにして帰りかけた。と、東西になった街の東の方から青い上衣《うわぎ》の小婢《じょちゅう》がやって来た。

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