のきした》に往って立っていたが、雨は次第に濃くなって来て、雨隙《あめすき》が来そうにも思われなかった。空には微墨《うすずみ》色をした雲が一めんにゆきわたっていた。許宣はしかたなしに鞋《くつ》を脱ぎ襪《くつした》も除《と》ってそれをいっしょに縛って腰に著《つ》け、赤脚《はだし》になって四聖観の簷下を離れて湖縁へと走った。
許宣はそこから舟を雇《やと》うて湧金門《ゆうきんもん》へまで帰るつもりであった。不意の雨に驚いて濡《ぬ》れながら逃げ走っている人の姿が、黒い点になってそこここに見えた。湖のなかにも小舟が右に左にあたふたと動いていた。それは皆俗に杭州舟《こうしゅうぶね》と云っている苫《とま》を屋根にした小舟であった。その小舟の中に舳《へさき》を東の方へ向けて老人が艫《ろ》を漕いでいる舟があって、それがすぐ眼の前を通りすぎようとした。許宣はどの舟でもいいから近い舟を呼ぼうと思って、その舟に声をかけようとしたところで、どうもその船頭に見覚えがあるようだから竹子笠《たけのこがさ》を冠っている顔に注意した。それは張河公《ちょうかこう》と云う知己《しりあい》の老人であった。許宣はうれしくてたまら
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