めんの火の海となり、強い風がその焔を煽って吹きつけていた。まだ火のかからない飯田町三丁目の電車停留場のあたりで、焔を浴びてあちらこちらする人びとの容が人形のように小さく見えた。空も遠くの方も濛濛たる煙に覆われて、四辺は気味悪く黄濁して見えた。いくらか遠退いて来たが、地の震えは歇まなかった。私はまだ何かしら大きな禍が来るような気がして不安であった。
東京全市三分の二を焦土と化した猛火の煙は、二つの大きな入道雲となって天の一方にもくもくと立ち昇っていた。それは白い牛乳色をした気味の悪い雲で、その下の方に鼠色の煙が渦を巻いていた。私はその雲を切支丹坂の樹木の上に見ていた。その雲は延びたり縮んだりした。江戸川の方から入って来る避難者の中には、おりおり振り返ってその雲を悲しそうな眼で見る者があった。陽が落ちると雲は真赤な火になった。
地の震いは二時間おきぐらいにやって来た。私たちは家内が持ち出して来た飯櫃《めしびつ》の飯を暗い中で手探りに喫って、その後で蒲団を取って来て一家四人が枕を並べて寝た。火は警視庁を焼き、帝劇を焼き、日本橋、京橋、浅草を焼き、本所深川を一舐めにして、圧死者の上へ無数の
前へ
次へ
全21ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング