供の手を曳いている者、衣類の入った箪笥の抽出しを肩にした者、シャツ一枚で金庫を提げた者、畳を担いだ者、猫のような老婆を負ぶった者、頭を血みどろにした若い男を横抱きにした者、そうした人たちが眼先が暗んでいるように紛紛として歩いていた。その人たちは頭髪を見なければ両性の区別がつかなかった。
砲兵工廠は火になっていた。春日町の方へと曲って往く電車線路の曲り角から、その一部の建物の屋根の青い焔を立てて燃えているのが見られた。私たちは安藤坂をおりて往った。砲兵工廠の火は、江戸川|縁《べり》にかけて立ち並んだ人家を包んで燃えていた。私たちはその江戸川縁を左に折れて往った。街路に沿うた方の家だけは地震に屋根瓦を震い落され、または簷を破られて傾きかけたままの姿を見せていた。小さい橋の袂《たもと》に一台のポンプがいて、川の泥水にゴム管を浸してそれを注いでいたが、すこしの効力があるとも思われなかった。
砲兵工廠の市兵衛|河岸《がし》に寄った方の三層の建物に、新しく火がかかっていた。その火の中から爆弾の音のような音が続けさまに起った。私たちは甲武線の汽車の線路に這いあがった。神田方面から飯田町にかけて一
前へ
次へ
全21ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング