だということを知った。私は独りで苦笑しながら黒竹の切れっぱしに換えて橋を越した。
 それは浅草橋であったが、周囲の目標がなくなっているので判らなかった。私はまだ馬喰町三丁目は来ないか来ないかと思って往っていた。大きな真黒い煙突のある建物が眼についた。私ははじめてそれが蔵前の専売局だということを知った。そこで私は馬喰町の方は日を変えることに定めたが、それでも厩橋《うまやばし》が渡れないことを聞いているので、仕方なしにまた浅草橋の方へ帰って往って、そこから両国橋へと往った。
 二三人の兵士がそこにもいて通行人を監視していた。私は中央の車道を通りながら、神田川の口の手前になった岸の方に眼をやった。退潮の赤濁のやや減った水際に二三の死体らしい物が漂うていた。私は足を止めて注意した。そのあたりの頭を出した捨石のごろごろした所には、戸板や衣類のようなものがごたごたとかかってそれが干あがっていた。その流れ物の中にも仰向きになって両足を水の中にした死骸があって、それは力士のようにぶくぶくと膨れあがっていた。二日三日のころにはその両国橋をはじめ、厩橋、吾妻橋の橋杙《はしぐい》に、死体が一ぱいになっていた
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