あがっているので離れようとはしなかった。
「私は妾になってもよろしゅうございます。」
 その時副将軍の袁《えん》公という者があって、尹翁と古い知合であった。ちょうど西の方に向けて出発することになって尹の所へ寄った。袁は尹の家で金を見て、ひどくその人となりを愛して秘書となってくれと頼んだ。間もなくその地方に流賊の乱が起って、袁は大功をたてた。金も袁の機務にたずさわっていたので、その功によって游撃将軍となって帰って来た。そこで金と唐は始めて結婚の式をあげた。
 三、四日いて金は唐を伴れて金陵へいって、庚娘の墓参りをしようとした。そして舟で鎮江《ちんこう》を渡って金山《きんざん》に登ろうとした。舟が中流へ出た時、不意に一|艘《そう》の小舟が擦《す》れ違った。それに一人の老婆と若い婦人が乗っていたが、その婦人がひどく庚娘に似ていた。舟は矢よりも早くゆき過ぎようとした。若い婦人も舟の窓の中から金の方を見た。その貌《かお》も容《かたち》もますます庚娘に似ているので驚きあやしんだ。そこで名をいって呼ばずにいそがしそうに、
「群鴨《ぐんおう》児、飛んで天に上るを見るか。」
 といった。婦人はそれを聞く
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