かはりに格子戸を入れてあつた。義直は神の前にでも出るやうに謹厳な態度で縁側をあがつて、格子の隙間からちよと中を覗いた。其所には黄ろな顔をした頬のすつこけた男が腕組をして此方向きに坐つてゐた。それが養父の登であつた。義直はそれを見ると手に持つてゐる物を傍へ置いて、縁側に坐つて両手を突いた。
(お掃除を致しませう、)
 これは其所の養子として来て以来やつてゐる日課であつた。食事や寝起の世話は乳母がやつてゐた。養父は狂つた顔で何か考へ込んでゐるやうなふうで、見向きもしなかつた。で、初めよりすこし声を大きくして云つた。
(お掃除を致しませう、)
 養父の眼が動いた。
(お前は何人だ、)
 養父はうさんくささうに云つて眼を光らした。
(私は義直でございます、)
(義直とは何人だ、)
(此方でお世話になつてをります者でございます、)
(お世話つて、何人が、お世話になつてゐるんだ、)
 紫色になつた薄い下唇には、白い唾がからまつてゐた。
(私でございます、)
(私とは何人だ、)
(この義直でございます、)
(君は何しに此所へ来たんだね、なんの用事があつて此所へ来たんだ、)
 養父の声は尖りを帯びて来
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