つたので、自分の兄の子供を連れて来てそれと結婚さした。ところで、その女は事情も判らずに家出して行方が判らなくなり、それと一緒に男は発狂したのであつた。
(血統があつたにしても、ただでは狂人になりませんよ、狂人になるには、なるだけの訳がありますよ、あんなに可愛がつてゐらした奥さんを、あんなことにせられたもんですもの、何人だつて狂人になりますわ、皆悪い者にかどわかされたとか、身投げしたとか云つて、警察へ頼んだり、人を出して捜したりしましたが、そんなことで判るもんですか、川口に身投げの婦人があつたとか、永代橋の下に死人があつたとか云つて、皆で見に行つたりしましたが、そんな馬鹿なことをしてはゐませんよ、私は、警察なんて云ふものは馬鹿々々しいものだと思つてますよ、)
 義直は黒い毒々しい物の手が自分の頭の上におつかぶさつてゐるやうに思つた。彼はふと狂ふてゐた養父の言葉を思ひだした。それは白い陽が庭にあつて何所から来るともなしに小さな花弁が胡蝶のやうに飛んでゐる日であつた。彼は右の手に箒とはたきとを持ち、庭下駄を履いて離屋へと行つた。飛んでゐる小さな花弁が頬にちらちらと触れた。
 離屋の室は障子の
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