黒い蝶
田中貢太郎

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【テキスト中に現れる記号について】
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(例)([#「(」は底本では「「」]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いよ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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          一

 義直は坂路をおりながらまた叔父のことを考へた。それは女と一緒にゐた時にも電車の中でも考へたことであつたが、しかしそれは、叔父が自分の帰りの遅いのを怒つて待つてゐるだらうと云ふことであつたが、あの時のはその叔父が自分の家へ来て坐つてゐるやうな感じが加はつてゐた。義直は困つたなと思つた。
(行つて来ましたが、和尚さんが留守でしたから、念のために明日の朝早くも一度行くことにして来ました、)
 行つたけれども留守であつたと云ふことにして、明日の朝行かうと考へてゐる弁解の言葉が、役立たないやうに思はれだした。彼は歩いて来た路が行き詰つたやうな気になつて歩くことを止めた。
(どう云つたものだらう、)
 暗いひつそりした坂路が自分の体を支へてゐた。義直は向ふの崖の上に眼をやつた。暗い屋根の並
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