い女であつた。義直は何所へ坐つたもんであらうかとちよと考へたが、右の入口のテーブルが好いやうな気がするので、鼻の高い男を斜に見るやうにして階段の方へ向いて腰をかけた。
 それを見ると水色の洋服を著た女がやつて来た。その半靴を履いてゐる足音はすこしもしなかつた。
「ゐらつしやいまし、何に致しませう、」
 義直は曹達水よりも生ビールを飲んでみたいと思ひだした。
「生があるかね、」
「ございます、」
「では、生を一杯貰はふか、」
「はい、」
 洋服の女はそのまゝ引ツ返して左の壁の方に寄つた窓の口へ行つて、覗き込むやうにして、
「生を一杯、」
 と云ふと、中から洞穴の中からでも響いて来るやうなしめつぽい声で返辞をした。
 義直はをかしな声だなと思つてゐると、洋服の女はやがてビールを入れた琥珀色に透きとほつて見えるコツプを持つて来た。
「お待ちどほさま、」
「有難う、」
 義直はすぐコツプを取つて口にやつたが、冷々として如何にも心地が好いので、始んど飲み乾すぐらゐに一息に飲んで下へ置きながら、前にゐる客の方を見た。鼻の高い男は手を膝に置いてゐるやうにきちんとしてゐたが、睡つてゐるのかその眼はつむ
前へ 次へ
全45ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング