れてゐた。彼はふともう遅いから睡つてゐるだらうと思つた。
「もう幾時だらう、」
義直はふと時計のことを考へた。そして自分はどうして此所へ来たらうと考へたが思ひだせなかつた。
「ぜんたい此所は何所だ、」
義直はまた考へてみたがそれも判らなかつた。彼はいら/\した気になつて、片手の拳で頭をコツコツと叩いた。
「生を持つてまゐりませうか、」
洋服の女が来て立つてゐた。
「さうだね、も一つ貰はうか、」
義直はその後で無意識に前のコツプを持つて、僅かに残つたビールを飲みながら左のテーブルの方を見た。赤い横顔を見せた髪の毛の長い男は、はじめのやうにテーブルに前屈みによつかゝり、向ふ側の若い男もはじめのやうにコツプを口のふちへやつたなりでゐた。彼は不思議に思うて若い男の顔に眼をやつた。それは黒い眼を見せてゐたが人形の眼のやうに動かなかつた。
「お持ちどほさま、」
洋服の女がコツプを持つて来た。義直は女がコツプを置くと若い男の方へちよと指さした。
「姉さん、彼のお客さんは睡つてゐるのか、さつきから、コツプを持つたまゝぢやないか、」
女は振り返つて、
「さうですわ、ねえ、」
と云つてから棚
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