一間ぐらゐになつた。と、女は歩きだしてみるみる二間三間と距離が出来て来た。義直はまた汗を出すくらゐに気を詰めて歩いた。
 女の体は右の生垣の角に隠れて行つた。其所には小さな路があつた。セメントで固めた狭い路は、もうセメントが剥げてどろどろとしてゐた。
 女との距離が縮まつてまた一間ぐらゐになつた。義直は思ひ切つて声をかけた。
「もし、もし、」
 女は振返つて口元の笑ひを見せた。義直は寄つて行つた。と、女の姿が見えなくなつた。義直は不思議に思うた。しかしそれはその路の出はづれであつて、女が右に曲つたからだと云ふことが判つた。義直もそれを右に曲つて行つた。
 女の白い顔が此方を見て、自分の追ひ付くのを待つてゐるやうな容を見せてゐた、義直も笑つて見せた。
「もし、もし、」
 女はそれが聞えないやうに歩きだした。義直は今度こそは女に追ひ付かうと思つて小走りに歩いた。しかし女の足は早くてやはり追つかなかつた。
 女はまた右側に見える人家の角を右に折れて行つた。それは何所か奥まつた家の入口のやうな所で、右側が広場になつて草が一めんに生えてゐた。右側には家の壁があつた。義直はそれに追ひ付かうとした。
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