うに頭へ入つて来た。
 義直はきまり悪い思ひもせずに女に近寄らうと考へることが出来た。女は前向きになつて歩きだした。義直はそれに追ひ付かうと思つて歩きだしたが、割合に女の足が早いので一呼吸には追ひ付けなかつた。義直は気をあせらしたが、走ることは気が咎めるし、また走つて女を恐れさしてもいけないと思つたので、静かに歩くやうな容をしながら足を小刻みにして急いだ。
 女の足はまた止まつて白い顔を此方に見せた。黒い眼はぢつと此方を見詰め、口許には笑ひともなんとも云へない色を湛へてゐた。義直は今度こそ追ひ付いてやらうと思つた。
 二間ばかりの距離になつて女はまた歩きだした。女は沢山ある髪をエス巻のやうにして、その下の方を包むやうに茶色のリボンをかけてゐた。
 其所からは強い刺戟性を帯びた香料の匂が匂うて来た。義直の鼻にはその匂が溢れるほどに浸みた。
 女の後姿が何人かに似てゐるやうに思はれだした。義直は何人であつたらうと思つたが、それ以上は考へだせなかつた。彼女の顔がまた此方を振返つて、此方の行くのを待つてゐるやうに見えた。確にその薄紅い口元には笑ひがあつた。
 義直はつかつかと歩いた。その距離が
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