けてゐる学生と老婆との間に、また笑ひ話がはじまつた。
先生は傍にゐる二人の学生を相手にして、何か云ひ/\これも笑つてゐた。
入口のどぶ板をそゝくさと踏む下駄の音がして何人かが入つて来た。それは妹が妙な顔をして、右の手で左の手先をきうと握り締めながら入つて来たところであつた。
「どうしたんです、」
妹はちよと冷たい眼を向けたまゝで、何も云はずにずん/\土間を見附の方へと歩いて来た。
「や、もうお帰り、」
先生は顔をあげたが、妹はそれにも何も云はないでずん/\と見附の小縁をあがつた。先生は呆気に取られてゐた。
「どうしたんだね、」
老婆が不審さうに聞く声がした。
「ああ、」
「どうしたんだね、お前、」
「掌をすこし切つたんですよ、あの坂で……」
「倒れたんだね、」
「さうよ、」
「なんで切つたんだらう、」
「倒れる拍子に、石の出つぱてる上へ手を突いたもんですからね、……これから岡崎先生へ行つて来ますよ、」
妹はさう云ひ/\右側の障子の蔭に隠れて行つて、箱か何かをかた/\と云はしてゐたが、やがて握り締めてゐた手を白いハンケチのやうな物で結はいておりて来た。
「切つたんですか、」
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