註文に来ますからね、」
「では、お借りなさいましよ、私が持つてあがりますわ、」
「好いなあ、正宗の二合罎が一本とおでんが一皿で、美人が手に入りますからね、」
「安いぢやありませんか、」と妹は茶かしたやうに云つてから、岡持を右の手に持ち変へて、「では、ごゆつくり……、……行つてまゐります、」
妹が出ると姉が後から跟いて行つた。一枚開けてあるガラス戸の外には、赤い提燈が釣してあつて、その光が妹の横顔を薄赤くつら/\と染めて見たが、すぐ二人の姿は見えなくなつた。
「二合罎が一本に、おでんが一皿……」
学生の一人がかう云つて先生の方を見て笑つた。
「どうです、老人は旨いことを考へませう、」
「旨いんですね、」
老婆の声が聞えた。
「先生、そんなことを若い人に教へては困りますね、」
「さうですね、若い人には教へられないところでしたね、」
先生はちよと右の方に振返つて、火鉢の前に顔を出してゐる老婆を見た。
「さうですとも、困りますよ、」
先生は一緒に来てゐる学生の盃に酒の無いことに気付いたので、銚子を持つて注いでやつた。
「大いにやりたまへ、すこしも酔はないぢやないか、」
土間に腰をか
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