室のあがり口の長火鉢の傍に、此方へ肥つた顔だけ見せてゐる老婆と向合つて、滝縞になつた銘仙の羽織の背を見せてゐた女がちよと片頬を見せた。それは其所の姉娘であつた。
「ぢや行きませうね、ぐず/″\しないで、」
「ぐず/″\は此方ぢやないわよ、」
「此方でもないわよ、」
おでん台に近い方にゐた学生の一人が横槍を入れた。
「両方だよ……」
店の中は笑声で満たされた。その笑顔の中へおでん台の前にゐた妹が岡持を持つて出て来た。
「ぐず/″\しつこなしよ、」
「さうよ、ぐず/″\しつこなしよ、」
火鉢の前にゐた姉が正宗の二合罎の湯気の絡まつてゐるのを持つておりて来た。
「熱燗附の出前ですね、こいつは好い、家にゐて持つて来て貰ふ方が好いな、もつとも駄賃が高くなりますからね、」
先生は妹の方を見て笑つた。
「そんなことはありませんよ、おんなじですよ、」
「ぢや、いよ/\、家にゐて、持つて来て貰ふが好いな、かうなると独身者が羨ましい、」
「独身者が何故羨しいんですの。」
「美人に酒肴持参で来て貰へますからね、」
「さう、ね、」
「私もこれから何所かの二階間を借りますよ、そして、夜、好い時間を見て、
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