「駄目だよ、そんな金は無いよ、お前には、もう百四五十円も行つてる筈だが、金をたゞ湧くものゝやうに思つてもらつちや困るな、宮原の財産がすこしあるとしたところで、そんなに見界なしに金を使つちや困るぢやないか、今度の金は一周忌の金なんだから、言い訳は立つやうなものゝ、なんでもなしに思つてゐちや困る、だいち、俺の身寄の者を養子にしておいて、それが無駄費ひをするのを黙つて見てゝは、藤村の方へ対してもすまないし、世間に対しても申訳がないぢやないか、」
 義直は何も云へなかつた。
「お前は近頃増長してゐるんだ、すこしは自分の身分も考へてみるが好い、お前はなんと思つてるんだ、ひとつお前に聞くことがあるが、お前は今日、三時半頃に中野のお寺へ行つて、五時頃に帰つて来て、友達に逢つて、友達の家へ寄つたと云ふが、その友達は何んと云ふんだ、」
 義直は吃驚してそつと叔父の顔を見た。義直は友人の名を出まかせに云ふより他に仕方がなかつた。
「小原君です、巣鴨の宮仲にゐる、一緒に早稲田に行つてた友人です、」
 叔父の手にしてゐた団扇がぱたぱたと音を立てた。
「ぢや行く時に、何人か連があつたのか、」
「ありません、」

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