「いけないよ、そんな嘘を云つたつて、駄目だよ、今日お前が、――公園のベンチで、変な女と凭れ合つて眠つてゐたところを、見て来た者があるんだ、馬鹿、何と云ふ醜態だ、女なんかに引つかゝつて、本を買ふとか、油絵の道具を買ふとか俺を騙してゐたんだらう、馬鹿、することにことを欠いで、昼間、女なんかと凭れ合つて、恥晒をして眠つてゐると云ふことがあるか、貴様の醜態を見て来た者が、黒い大きな蝶が来て、貴様の着てゐる帽子の上にとまつてたことまで、見てゐるんだぞ、馬鹿、なんと云ふ恥晒しだ、」
惑乱してゐる義直の耳に蝶と云ふ言葉がはつきりと聞えた。
「貴様のやうな奴は、俺がなんと思つたつて駄目だ。家へ帰つて百姓でもしろ、馬鹿、蝶が来てとまつても判らないやうに眠つてゐると云ふことがあるか、馬鹿、田舎へ帰つて爺仁に話してみろ、貴様のやうな奴は、これからいつさい知らないから、さう思つてろ、馬鹿、」
義直はふらふらと起ちあがつて、足にまかせて歩き出した。
四
義直は暗い坂路をあがつてゐる自分に気が注いた。其所には月の光があるでもなければ、また電燈の光もないのに、うつすらとした紗に包まれた
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