たな、)
義直はふと蝶のことを考へた。
「殺しちや駄目よ、粉が落ちるんですから、殺さずに追つてくださいよ、」
「こん畜生、出て行かないのか、こらッ、こらッ、こらッ[#「こらッ、こらッ、こらッ」はママ]」
「おやゐなくなつたよ、ゐなくなつたぢやありませんか、何処へ行つたんでせう、不思議ぢやありませんか、」
……乳母が昼飯の膳を飯鉢の上に乗せて、廊下伝ひに行くを見ながら、隣から遊びに来てゐる女の子を縁先へ立たして、その顔をスケッチ[#「スケッチ」はママ]してゐた。暑い風の無い日で、油蝉の声が裏の崖の方から炙りつくやうに聞えてゐた。
(まだ書けないの、)
女の子は待ち遠しさうに聞いた。
(もうすこしだ、もうすこしだよ、)
ふたかは眼になつた特徴のある子供の顔を遺憾なしに写さうと思つて、一心になつて鉛筆を動かしてゐた。
(さあ、もうすこしだ、もうちよつとさうしてゐらつしやい、)
離屋の方で乳母の周章てたやうな声が聞えた。
(……駄目ですよ、何をなさるんですよ、)
養父が何をはじめたであらうかと思つて、鉛筆を控へて内庭越しに離屋の方を見た。母屋から鍵の手のやうに折れ曲つた所に小さな軒
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