を向いた。
「お女中さんだけは、お見かけしたさうでございますが、」
 それではやはり女中を呼びによこしたもんだと義直は思つた。
「さうでしたかね、明後日が一周忌だもんですから、中野のお寺へ行つてたんですよ、」
「さうでございますか、もう一周忌、お早いものでございますね、」
「早いもんですよ、今日、お寺へ行つて、夕方に帰つて来るのを、道寄してましたから、叔父が待ち遠しがつて、来たんぢやないかと思ひましてね、ぢや、自分に来ずに女中をよこしたもんでせう、」
 帰つたならすぐ来るやうにと云つて来てゐるだらうと思つた。彼は早く家へ帰つてみやうと思つた。娘が驚いたやうに云つた。
「蝶だよ、まあ、大きな蝶だよ、」
 娘は体をがたがたと動かした。
「なんだ、吃驚さするぢやないか、」
 若い男が笑ひながら云つた。
「真黒い奴だな、あの博物の教師に持つててやらうか、」
 それは違つた若い男の声であつた。
「薄気味の悪い、杉浦さん、どうかしてくださいよ、あれ、あんなに、なにか考へでもあるやうに電燈のまはりを飛ぶんぢやありませんか、」
 娘はさも気味悪いと云ふやうな声で云つた。
(黒い蝶、さつきにも黒い蝶がゐ
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