のが聞えた。
「おや、今晩は、今、お帰りでございますか、」
入口のカーテンの下に面長な女の顔が見えた。それは氷屋の娘であつた。
「二時頃から中野の方へ行つてましてね、帰りに道寄りしてましたから、遅くなりました、」
義直は脚を止めてゐた。
「おや、中野へ、それは大変でございましたね、お暑かつたでございませう、」
「暑いですな、それでも今晩は涼しいぢやありませんか、」
店の中で年老つた女の声がした。娘がそれに返事をした。
「宮原の若さんですよ、」
娘はまた義直の方に黒い眼を見せた。
「今日は、割合にお涼しうでございますね、まあ、ちとおかけくださいまし、」
「有難う、……叔父が夕方になつて見えなかつたでせうか、」
「山本の旦那さまでございますか、お見えにならなかつたやうでございます、が、」
娘の顔は斜に内の方へと向いた。
「お母さん、今日、夕方、山本の旦那さまが、宮原さんへゐらしたか知らないこと、」
老婆の声がかすれたやうに聞えて来た。
「……山本の旦那さま、お見えにならないやうだよ、お女中さんは、夕方ゐらしたのか、帰るところをちらと見かけたが……、」
「さう、」
娘はまた此方
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