を喰付けた離屋は、端板一つで母屋と繋がつてゐた。
(旦那様、そんなことをなすつては、御病気にさはります、)
乳母の声は何か仕やうとする主人をやつと支へてゐるやうな声であつた。
(駄目ですよ、あれ、駄目ですよ、あれ、何人か、早く、)
格子戸の口ががたがたと開いたかと思ふと、中から養父が出て来て縁側に立つた。と続いて乳母が出て来た。
(しまつた、)
左の手にスケツチブツクを掴み、右の手に鉛筆を持つたなりに起ちあがつた。
(旦那様、そんなことをなすつては困りますよ、)
乳母は、怒るやうに云つて養父の手を掴まふとした。養父はその手を片手で払ひ除けながら、一方の手を庭の方へやつて、その指先のあたりを睨むやうにして何か云つた。
(中へ入れなくちやいけない、)
スケツチブツクと鉛筆を投げるやうに置いて、廊下伝ひに行きながらも、なるだけ足音をしないやうにと足を爪立てて注意しいしい歩いた。
(見えるか、見ろ、見ろ、あれを見ろ、)
養父は大きな声をするのも恐ろしいと云ふやうにして云つた。
(何がお見えになります、何も見えないぢやありませんか、)
乳母は狂はない主人を強ひて掴まへることも出来な
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