つても好いんです、)
 養父の一周忌も済まない際であるから贅沢な旅行などは出来なかつた。
(何所が好いでせう、木の青々する山があつたり、川があつたり、それで海のある所はないでせうか、)
(伊豆山か熱海なら好いでせう、温泉もあるんですよ、)
(さう、では、どつちかへまゐりませうか、)
(あなたは、病院の方は好いんですか、)
(構ひませんの、どうせ今来月の内に、二週間の休暇が貰へますから、)
(さうですか、ぢや、行つても好いんですね、)
(まゐりませう、……あなたは、)
 日返りに朝行つて晩に帰つて来るくらゐならどうにでもなるが、一泊するとなると何か口実が入ると思つたがちよと考へ出せなかつた。
(養父の一周忌がまだ済んでゐないから、威張つては行けないですが、都合して行つても好いんです、)
(でも、そんなことがあるなら、わるいでせう、一周忌が済んでからにしようぢやありませんか、私もそんなに行きたくはないんですもの、)
 何所か弱い蔭地に咲く花のやうな感じのする女は、たいていの場合に自分の言葉を通さうとはしなかつた。それが物足りなくもあれば可愛くもあつた。
(何か口実をこしらへるなら、行つても
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