した。
そこで五通を患《うれ》えていた者は、一度その家へ来て泊ってくれといって頼みに来た。万はそこに一年あまりもいて、そのうえで細君を伴れて国へ帰っていった。それから呉中には一通ばかりいることになったが、敢て公然と害をしないようになった。
又
金《きん》生は字《あざな》を王孫《おうそん》といって蘇州の生れであった。淮安《わいあん》の縉紳《しんしん》の屋敷の中にいて土地の少年子弟を教授していた。その屋敷の中にはあまり家がなくて、花や木が一めんに植わっていた。夜が更けて僮僕《こづかい》などがいなくなると、ただ一人でぶらぶらしているが、何も気をまぎらすものがないのでつまらなくて仕方がなかった。
ある夜、それは十時ごろであったが、不意に人が来て、指先で軽く扉をたたいた。
「どなたです。」
金は早口に訊《き》いた。と、外の人は、
「すみませんが火を借してください。」
といった。その声が僮僕のようであるから金はすぐ戸を開けて入れた。それは十五、六の麗しい女で、その後には一人の婢がつきそっていた。金はどうしても人でないと思ったので、
「あなたは、どなたです。何というかたです
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