のだといいました。それでもよく見ると何もいないものですから、また入って来ました。私はうわべに迷わされたようなふりをしておりますと、彼奴は衾《ふとん》をあけて入りかけましたが、また驚いて、どうして刃物があるのだといいました。私はもともと穢い物で指を汚すのはいやでしたが、ぐずぐずしていて間違いができると困りますから、とうとう捉えて片輪にしてしまいますと、彼奴は驚いて吼《ほ》えながら逃げてしまいました。そこで起きて※[#「倍のつくり+瓦」、第3水準1−88−38]を開けると奥様もお醒めになったようですから、私も帰ってまいりました。」
 金は喜んで女に礼をいった。そこで女と婢とは一緒に帰っていった。
 その後半月あまりしても女は来なかった。金はもう女は来ないものだと諦《あきら》めてしまった。その時は歳の暮であった。金は塾を閉じて帰ろうとした。と、女が不思議にやって来た。金は喜んで女を迎えていった。
「君に見すてられたので、きっと何か怒られたと思っていたのだが、しあわせとすてられっきりでもなかったね。」
 女はいった。
「一年もああしていたのに、別れに一言もなくては物足りないじゃありませんか。あ
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