たが、女がもうそれを覚《さと》ったものか遽《にわ》かに腕釧の光を蔽《おお》った。すると木立の中は真暗になって、自分の掌《てのひら》さえ見えないようになったので引返した。
 ある日金は河の北の方へいった。と、笠の紐《ひも》が断《き》れて風に吹かれて落ちそうになった。そこで金は馬の上で手を以ておさえていた。河へいって小舟に乗ったところで、強い風が来て笠を吹き飛ばして、波のまにまに流れていった。金はひどく残念に思ったが仕方がなかった。
 そして河を渡ったところで、ふと見るとさっき流した笠が大風に漂わされて空に舞っていた。そして、それがだんだん落ちて来て風の前に来たので、手で以て承《う》けたが、不思議に断れていた紐がもとのようにつながっていた。
 金は自分の室へ帰って女と顔をあわせた時、その日のことを精しく話した。女は何もいわずに微《ひそ》かに晒《わら》った。金は女のしたことではないかと思って聞いた。
「君は神だろう。はっきりいって僕のうたがいをはらしてくれ。」
 女はいった。
「寂しい中で、私のような女ができて、くさくさすることがなくなっておりましょう。私は悪いものではないということを自分で
前へ 次へ
全17ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング