であった。老人は後ろの方にあった帷《とばり》の方を見返って荒い声を出した。
「珊珊《さんさん》、お客さんに御挨拶にくるがいいよ」
 焦生が元の座に戻ったところで十五六の綺麗な女の子が出てきた。老人は女の子の肩に手をかけた。
「これが私の女《むすめ》でございます、どうかお見知りおきを願います」
 老人はそれから老婆に御馳走の用意をさした。老婆は室《へや》を出たり入ったりして酒や肴を持ってきた。
 準備《したく》が出来ると老人はそれを焦生にすすめた。女の子は母の傍に坐っていた。若い焦生は女の子の方に心をやっていた。
「お客さんは、くたびれておいでだろうから、寝床を取ってあげるがいい」
 老人が女の子の顔を見ると、女の子はにっと笑いながら、その室の一方についた寝室へ入って往った。
 老人と老婆はいつの間にか室を出て往って、焦生独りうっとりとなっていた。寝床を取ってしまった女の子はそっと傍に寄ってきて、焦生の縋っている※[#「卓」の「十」に代えて「木」、第4水準2−14−66]《たく》を不意にがたがたと動かした。焦生はびっくりして眼を開けた。
「お休みなさいまし」
「ありがとう、あんたはいくつ」
「十六よ」
「もう、お婿さんがきまっておりますか」
 女の子は怒るような口元をして笑って見せた。焦生は紅い女の袖をつかもうとした。女の子は後ろに飛びのいた。焦生は為方《しかた》なしに笑って寝室の方へ歩いた。
 焦生は女の子のことを考えているうちに眠ってしまった。そして、咽喉がほてって苦しくなったので眼を覚ました。
「茶を持ってこい、茶を持ってこい」
 焦生はいつも僕を呼びつける詞を習慣的にだしてあとでしまったと思った。女の子が茶を持ってすぐ来た。
「や、どうもすみません、僕を呼びつけているものですから、ついうっかり言いました」
「いいのよ、お茶を召しあがるだろうと思って、こしらえてあったのですもの」
 女の子はそう言いながら枕頭《まくらもと》へ茶碗を置いた。焦生はその手をそっと握った。
「いやよ」
 女の子は逃げようともせず口元で笑っていた。
 老婆の声が次の室でした。女の子は焦生の手を振り放して出て往った。
 焦生はきまりが悪いので、茶を飲むことを忘れて後悔していた。そのうちに夜が明けてきた。焦生は彼方此方に寝がえりしていた。
「眠ってるの、今日は雪よ」
 焦生は眼を開けた。女の
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