であった。新一はこの人はべつに盗人のようでもないらしい、どうした人だろうと思いながら腰のほうに眼をつけた。腰には刀も何も見えなかった。
 壮い男は、すぐその前の雑草の上へ腰をおろしてしまった。新一は彼《あ》の人はあんな処へ坐って何をするだろうかと思って見ていた。
 間もなくまた何処からか蛩音が聞えて此方の方へ来るようであった。新一はついとすると彼の壮い男が此処で何人《たれ》かを待ちあわせているだろうと思ったが、それにしてもこんな処で待ちあわして何をするつもりだろうと思った。
 蛩音はすぐ前へ来た。それは僕《げなん》のような容《ふう》をした男でその手には何かものがあった。
 二人はやがて何か話しだしたが、何を云っているのか新一の耳へは聞えなかった。そのうちに二人は手に掴んで何か喫《く》いだした。新一は二人の喫っている物は何だろうかと思って透して見たが見えなかった。
 二人の話は絶えなかった。話しながら絶えずものを口に持って往った。そのうちに新一は体が苦しくなって来た。彼はそっと体を右の方へ傾けようとしたところで、何かちらちらと動いたような気がしたので、見るともう二人の姿は無くなっていた。
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