夕月が射していた。新一はその夕月の光で脚下を見ながら寺の卵塔場の中へ入って往った。新一は吉の家へ遊びに往くと云う口実をこしらえて、夕飯が済むと家を出て、そのあたりをぶらぶらしていて時刻を見計って其処へ来たところであった。
 新一は懐に短刀を入れ、一方の袂の中に鼠取の袋を入れていた。彼はそうして彼《あ》の狐を斃そうと考えていたが、それをどうして用いるかと云う手段は思いつかなかった。
 虫の声が雨の降るように聞えていた。立ち並んだ石碑は月の下に不思議なものの影をこしらえていた。新一はその間を蛩音をさせないようにして歩いた。
 がさがさと云う音が直ぐ傍で聞えた。新一は足を止めてその音を聞いた。それは人の蛩音のような蛩音であった。夜になってこんな処を歩いている者は、盗人か何かであろう、普通の人ではあるまいから、見つかるとどんな目にあわされるかも判らない、これは隠れるが好いと思いだしたので、其処にあった五輪塔の陰へ蹲んで覗いていた。
 蛩音は直ぐ前に来た。二十二三の壮《わか》い男の姿が其処に見えた。色の白い赤い唇をした※[#「※」は「女+朱」、第3水準1−15−80、56−1]《きれい》な男
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