が声をかけると、ちょっと眼を開けて見といて、すぐ彼方向きになって返事もしないのだよ」
「それでもおとなしくなりましたよ、初めのうちは、どうしようかと思いましたよ、ねえ、坊ちゃん」
「そうだよ、狂人のようにあばれてたなあ」
 間もなく夕飯が出来ると新三郎は新一と膳を並べて飯を喫《く》った。其処へお滝の処へ膳を持って往った老婆が帰って来た。
「今晩は、何時になく、私がお膳を持って往くと、黙って喫《た》べましたよ」
 その晩新三郎と新一は奥の間へ寝て、老婆は茶の間へ寝たが、その晩もお滝は何事もなかった。
 朝飯の後で新三郎は表座敷へ往った。その時はちょうどお滝が便所へ往っていて姿が見えなかったので、其処に立って待っていると間もなく帰って来た。
「おい、まだ体が悪いのか」
 お滝は眼を見すえたようにして見ていたが、そのまま返事もせずに寝床の上へ横になってしまった。
「やっぱり悪いのか、それとも俺が判らないのか」
「ものを云うのが煩いよ」
「そうか、体が悪いならしかたがない、ゆっくり寝てるが好い、土産を買って来てあるが、なおってからにしよう」
 お滝はもう何も云わなかった。

       七

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