おお、新一か」
新一は嬉しいので父親の傍へ往って坐った。新三郎はもう老婆からお滝の怪しい挙動《ようす》を詳しく聞いていた。
「お前は偉いことをやったそうだな、偉い、偉い」
新三郎は新一の頭を撫でて云った。
「もう好いだろう、それでおっかながって、来ないだろう、また来るようなら、下谷に御嶽様《おんたけさん》の行者があるから祈祷してもらおう」
新一は墓場のことを思いだしたが、父にはじめから知らしては面白くないので、知らさずにおこうと思って口ヘは出さなかった。
「まあ、ちょっと往って、覗いて来よう」
新三郎はそう云って表座敷へ入って往った。お滝は夜着を脚下に放ね退けて仰向けになって眼をつむっていた。
「お滝」
新三郎が声をかけるとお滝はふっと眼を開けて新三郎の顔を見あげたが、そのまま何にも云わずに寝返りして前向きになってしまった。
「まだ体が悪いのか」
お滝は返事をしなかった。
「まだ気もちがなおらないのだな、まあ、そうして、静にしてるが好い」
新三郎はしかたなしに茶の間へ帰って来た。茶の間には老婆と新一が坐っていた。
「未だほんとうじゃないね」
「どうかいたしましたか」
「俺
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