新一はびっくりしてその周囲《まわり》を見廻したがもう影も形も見えなかった。彼はふと怪しい獣のことを考えだした。
新一は起って二人の坐っていた処へ往って蹲んでみた。其処には魚の骨のようなものが散らばっていた。
新一はその魚の骨のようなものをじっと見詰めていたが何か思いついたのかそのまま卵塔場を出て、何くわぬ顔をして己《じぶん》の家へ帰って往った。
家では父親の新三郎が新一の帰るのを待っていた。新三郎は新一を伴れて奥の室《へや》へ往って、老婆の敷いてある寝床の中へ入った。その夜遅くなって新三郎が何かの拍子に眼を覚してみると、お滝の室でお滝が甘ったれたような声をして笑っているのが聞えた。新三郎は老婆から聞いているのでいきなり起きて、隔ての襖を開けて表座敷へ入って往った。其処にはお滝の寝床があるばかりでお滝の姿は見えなかった。新三郎は行灯を持って縁側の障子を開けた。半裸体になったお滝が縁側に肘枕をして横に寝ていた。
「おい、お滝、どうしたのだ、そんな処へ寝ちゃ風邪を引くぜ」
お滝の大きな声が其処から聞えて来た。
「風邪を引こうと引くまいと、余計なお世話だ、彼方へ往ってすっこんでろ、
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