来なかったが、何《ど》うしていたのだ」
「おいらは、お母《っか》さんに狐が憑いたから、それで来なかったよ」
「なに、狐が憑いた、ほんとうかい」
「ほんとうとも、嘘を云うもんか、おいらは、その狐を斬ったよ」
「嘘云ってら、狐が斬れるものか」
「でも、斬ったのだよ」
「じゃ、死んじゃったかい」
「逃げちゃったよ、彼奴を殺したかったよ、どうかして、あんな奴を殺せないかなあ」
「狐は化けるから殺せないよ、家のお父《とっ》さんが云ったよ、狐でも狸でも、銀山の鼠取を喫わせりゃ、まいっちまうって」
「そうかい、銀山の鼠取かい、鼠取ならおいらの家にもあるよ」
 新一はそれから吉と一二時間も遊んでいたが、母親のことが気になりだしたので急いでかえって来た。

       六

 お滝はやはり表座敷から出て来なかったが、その晩もその翌晩も、もう独言も云わなければ怪しい挙動もしなかった。ただ新一は彼《あ》の怪しい獣を逃がしたのが残念でならないので、短刀を抜いて怪しい血糊を見たり、吉から聞いた銀山の鼠取のことを考えてみたりした。
 某日《あるひ》新一は、やはりその怪しい獣のことを考えながら、往くともなしに寺の
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