なくなると好いがなあ」
「もう来ませんよ」
その晩も新一は茶の間で寝て老婆は奥の間に寝ることになった。新一はその晩もついすると怪しいものが来るかも判らないと思って、夜着の下に短刀を隠しながら一方母親の容子に注意していたが、夜半比《よなかごろ》になるとつい睡ってしまった。そして、眼を覚した時には朝になっていた。
「坊ちゃん、もう眼が覚めましたか」
老婆はそこへ起きて来て云った。
「ああ、もう夜が明けたかい、お母《っか》さんはどうだろう」
「昨夜《ゆうべ》、遅くまで起きて、蒲団の上に坐ってたようでしたが、独言も云いませんでしたよ、坊ちゃんの処には、変ったことはなかったのですか」
「ああなかったのだよ」
「じゃ、やっぱり憑物が離れたのですね、これで二三日すりゃ好いのですよ」
「では、彼奴、死んじゃったろうか」
「そうですね、どうかなったのでしょうよ」
その日もお滝は表座敷から出て来なかったがへんな挙動はしなくなった。新一はそれに安心して昼からすぐ近くの朋友《ともだち》の処へ遊びに往った。朋友は吉と云う魚屋の伜であった。二人はその魚屋の入口で顔を合した。
「新ちゃん、この間うち、ちっとも
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