った円い大きな石碑や、平べったいのや、角いのや、無数の石塔が立ち並んでいた。木の上では小鳥が無心に啼いていた。
 新一はその墓場の中を彼方此方と歩きながら、もしや血が落ちていはしないかと見て廻ったが、足端《あしさき》にこぼれる露があるばかりで色のあるものはなかった。墓の前に植えつけた桔梗の花も見えた。
 新一は己《じぶん》の家へ帰って来た。老婆が台所で釜の下を炊いていた。
「姨《おば》さん、何にもいなかったよ」
「お寺の中にはおりませんよ、お祖師様が、そんな悪いものは置きませんから」
「そうかなあ」
 朝飯ができて老婆がお滝の室《へや》へ往ってみると、お滝はすやすやと眠っていた。
「お媽《かみ》さんは今朝はよくやすんでますよ、悪いものが離れたかも判りませんよ」
「そうかなあ」
「今晩|験《ため》してみたら判りますよ」
 お滝はその日は寝床の中にいることはいたが非常に穏かであった。老婆は気に逆うてはいけないと思ったので、黙って飯を持って往って置いて来ると、お滝は何時の間にか喫《く》ってあった。
「今晩験してみたら判りますよ」
 老婆は夕飯を喫いながら新一にこんなことを云った。
「あれで来
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